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Showing posts from September, 2019

ブログ5

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むかしむかし、ギリシャでメドゥーサという若い乙女(おとめ)がいました。その娘はいつも自分の美しさを自慢にしていました。毎朝、鏡の前で一時間も自分の顔を眺めているほどでした。ある日、友達と一緒にパルテノン神殿に行きました。そこは知恵と美の神のアテナを祭っているところで色々な像や絵画が置かれていました。メドゥーサの友達は像や絵画の美しさに感動していましたが、メドゥーサは違いました。彼女は自分をモデルにしたらもっと素晴らしい作品になるのにと声に出して言いました。それを聞いてびっくりした友達はアテナにも聞かれたと思い、アテナの呪いを恐れて、すぐにパルテノンから逃げ出しました。その後も、メドゥーサはパルテノンでまだ鏡で自分の顔を眺めていました。しかし、急に鏡の中の自分の姿がアテナの顔に変わりました。アテナはやはりメドゥーサのごうまんな言葉を聞いていたのでした。アテナはメドゥーサの自惚れ(うぬぼれ)のひどさに怒り、見かけの美しさが一番大事ではないと思い知らせるためにメドゥーサの髪をヘビに変えただけではなく、顔もみにくい怪物のようにしました。それだけではなく、今後、メドゥーサが自分の顔を鏡で見ようとすると石になる呪いをかけました。アテナはメドゥーサの顔を見たものが石になる呪いもかけたので、誰もメドゥーサを見て石にならないように、メドゥーサを目の見えない怪物の住処に追いやりました。

ブログ4

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 僕が7歳の時にキャンプをしに日本の岩手県の葛巻高原(くずまきこうげん)に行きました。ある夜、お風呂から帰る時に口笛を吹いていたら、班長にやめなさいと言われました。僕は注意された理由が理解ができなくて、なぜダメなのかを聞きました。班長は口笛を夜に吹くのはどろぼうの合図だと教えてくれました。僕の同じ班の仲間は、自分の地方ではそれをしたらヘビが出てくると言われてる事を教えてくれました。この二つの迷信を知って、僕はどろぼうに合図をすることを信じている人もいれば、ヘビが出てくることを信じている人もいることがわかりました。  では、なぜこういう迷信があるのでしょうか。調べてみれば、結構単純な理由でした。どろぼう達は普通は夜に活動をし、口笛で合図をしてたのではないかと思います。ヘビが現れるという理由は夜の口笛は人身売買の合図でした。それで、人買いのことをヘビと昔に呼んでいました。  僕はこういう歴史から意味がある迷信はとても面白いと思います。ですが、正直に言うと、迷信やお化けなどは科学的に証明されてなかったら信じていません。説明がきちんとできないような不思議な事が起こる時に、人間は自分を納得させるために自分の都合の良い話を作るクセがあると気がします。

ブログ3

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 皆さんはアイスキャンディーを食べたことがありますか。英語では「popsicle」といいますが、僕がアイスキャンディーと聞くと、小学校の思い出がたくさん浮かびます。良く暑い日に先生が外で配ってくれて友達と一緒に食べていたことを思い出します。色々な味があり、甘くて冷たくてとても美味しいですね。  アイスキャンディーは1905年にアメリカで発明されましたから、もう100年以上も全米で食べられています。しかし、この大ヒットしたお菓子を発明した人物がまだ11歳の子供だと言ったら驚きますか。しかも、安藤百福さんが一生懸命カップラーメンを完成したように違い、この11歳の少年は偶然にアイスキャンディーを発明しました。  その発明者の名前はフランク・エッパーソンです。サンフランシスコで生まれ育ちました。ある夏の日に砂糖やコーンシロップとお水を木の混ぜ棒で混ぜていました。その後、家の中に持っていくのを忘れ、夜は外に置きっぱなしになっていました。次の朝、エッパーソンが外に出てみると、夜寒かったので容器の中は凍っていました。エッパーソンは混ぜ棒を持って凍っている物を舐めてみると、とても甘くて美味しかったのでびっくりしました。あまりにも美味しかったので、エッパーソンは近所に売ろうと思い、自分の名前を入れてエプシクルという名前を付けました。  1923年にエッパーソンは近所だけで売るのではなく、ベイエリアのネプチューンビーチの遊園地で売り始めました。売り出してすぐ大人気になり、ビジネスはかなりの成功を収めました。そのうちに、エッパーソンの子供達がお父さんの作った物という意味で「Pop's 'Sicle」「Popsicle」という名前にすることにしました。それからポップシクルは世界中に広まり、現在では様々な味や形がどのスーパーにでもみることができます。

ブログ2

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  先週は世界で大ヒットしたインスタントラーメンの事を話しました。安藤百福さんは人々が屋台の前で長い時間並んでラーメンを待つのではなく、お湯さえあれば家で簡単に美味しいラーメンを作れるようにとインスタントラーメンを開発しました。色々と材料や味を研究し、新しいアイデアを得るために海を越え、アメリカにも行き、失敗を何度も繰り返した後についに満足できるインスタントラーメンの発明に成功しました。   さて、今日は、日本人の食生活に欠かせない別の食べ物を紹介したいと思います。食べられ始めたのは平安時代で、偶然に偶然が重なって作られました。現在は日本中のどのスーパーでも安価に売っていて、栄養価も高く、ご飯の時にパックを開けるだけで食べられる物です。でも日本人以外では、その食感と匂いからまず好きな人はいません。さぁ、僕が紹介したい食べ物はなんだかわかりますか。   それが作られ始めたのは東北地方で前九年の役、後三年の役の頃(1050年頃)です。戦の途中に馬のえさが足りなくなったので武将の源義家(みなもとのよしいえ)が農民にえさの大豆を用意するように命令しました。農民たちは急がされたので煮た大豆をよく冷ます時間が無いまま、わらで作った俵にまだ熱い大豆を詰めて義家に差し出しました。すると、数日後に俵が匂ってきたので中を見てみると煮豆がネバネバと糸を引いていました。試しに食べてみると美味しかったので兵士たちが新しい食料として食べるようになりました。これが納豆の始まりと言われています。   それでは、なぜ熱い煮豆がわらの中でネバネバする納豆になったのでしょうか。納豆ができるためには大豆、温度、湿度と納豆菌が必要です。熱い煮豆は俵の中で温度と湿度を保たれ、そこに温かく湿ったところが好きな稲ワラに付いていた納豆菌が働き納豆ができました。   僕は小さい時から納豆が大好きです。一週間に三回以上は朝ご飯の時に一パックを開け、付いているタレを混ぜて生卵とご飯を食べています。パッケージの中の少し残っているタレをつい舐めてしまうのをやめられないのですが、お母さんに見られると行儀が悪いと怒られてしまいます。ところが、自分がこんなに好きで健康に良い食べ物なのに、日本人以外の人はその匂いとネバネバしている納豆が苦手だと知った時はびっくりしました。日本食を好きな外国人で納豆を食べれる人はほとん...